規則的な時間がない カタチを変え 互いの位相を交換した フラクタル構造体
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記事転載:同化性(内側と外側の二元性)について…量子論的宇宙と仏教3


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この「同化性」については、二元論を論ずる哲学や、人間を宇宙の一部とする宗教(仏教、ヒンドゥー教道教神道など)でも命題とされてきた難解な概念(カントの純粋理性の二律背反)なので更に詳しく説明します。

 

例えば、地球を半分に分割し、円形の分割面に何層かのトラックを描き、ある人がその一番外側のトラックの上を歩いているとします。 

 

が、彼の目には曲線ではなく、まっすぐな道を歩んでいるとしか思え(見え)ません。これは(巨大な宇宙の一部としての)地球と歩いている人は同化しているからです。

 

次は、宇宙空間を地球の様な球体に例えて、ある人がその表面を一点から真反対にある一点へ最短距離で、例えば日本から反対側のブラジルに向かっているように歩いているとします。

 

この人は空間の表面を歩いているとはいえ、空間の巨大さゆえそれと同化してしまい、彼の目には坂道ではなく、平坦な道を歩いているようにしか思えません。

 

が、地球から一定の距離を置いてみることができる第三者からすると、粒のように小さい人間が少しづつ坂道を上り、やがて下がって行く姿が確認可能です。

 

さらに、別の例でいうと、地球の一方から反対方向に突き抜ける長さの鉄の棒があるとします。球体を宇宙空間全体として観察者もその中にいるとすると、鉄の棒はその巨大さゆえ空間と同化して、観察者にはどこからどこまでが棒であるか区別がつかず、棒を見ることはできません。が、地球外から見ている第三者からは、鉄の棒と地球は別の物質として区別して見る事ができます。

 

さらにこの構造を展開して、今、私たちが宇宙空間の真ん中にいて、そこで球体を真っ二つに分割するとします。その後、分割した半球体それぞれを、私たちの立ち位置を頂点にして “グレン ”と裏返します。できた二つの半球体を180度回転させたうえで切断面を合わせて球体を作ります。

 

すると、空間(球体)の外にいる事ができる人からは、私たちがどちらかの球体表面の真ん中に位置している事が確認できます。宇宙空間では「遠近が逆転しうる」のです(遠離一切顛倒夢想)。

 

この作業を切断面を変えて三六〇度方向で繰り返すと、球体は自分(という点の集まり)に覆われることになります。つまり、宇宙(空間)は自分を起点(中心)にして外側に展開していると同時に、自分(という一点)の内側にも展開(包摂)しているといえます(一即一切、一切即一)。

 

 

言い換えると、人間は宇宙の中心(始まり)に位置しているとともに、宇宙の極限(終わり)にも位置し、それは再び宇宙の中心(始まり)になっているのです(天上天下唯我独尊)。しかし、距離を取らすに空間に接して(入って)いると、それと同化しているため自分の立ち位置が見えません。

 

(次回に続く…)