「常陸の国風土記 -ある島での少年と少女のやりとり-」


本義だけが意味を成し、本義のみがクローズアップされますように


メモ:最後に(19:57更新)

Φ(ファイ)はその特性上 シンプルに 真似できない。

 

このΦは、ブログエディッターにある斜体にするための記号「i」を押したらこうなった。最後、思ったものに出会えた。

 

私たちは変わったのか、変わっていないのか?

 

次元を一つ落とせば、あなたはあなたのまま動かなくてもΦ・φ・Φでもある。Φを発動させても同じ場所にいる(ある)

 

橋浦は「現実認識」ではなく、「シンプルな本質」を追ってきた。

橋浦が自分だけのルールを作っていないことは、実力がある世界中の多くの人と共有した。現実認識で支配をしようとしている連中が、地球に引きこもって◎を断絶し、多くにバーチャルを見させてコントロールしようとしてきただけ。というか長期的なスパンで見るべき。物事の始点が重要であり、ここでは地球が太陽系の惑星の母であったティアマト時代の誤認識を改善する必要があった。それは「誰か一人でも、一人いるだけで十分」なんだ。これが1998年冒頭にあった想い。そういうこと。

 

これで動い(てい)た。

 

 

終わり